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東京地方裁判所 昭和31年(行モ)7号 決定

申立人 国

訴訟代理人 堀内恒雄 外三名

主文

本件申立を却下する。

理由

本件申立の趣旨及び理由は、末尾に添付した緊急命令取消申立と題する書面記載のとおりである。

申立人提出に係る第一ないし第五号証の記載によれば、申立外佐藤武男が昭和二十九年十月十六日から富山県立新湊高等学校教諭として勤務し、月額一万七千七百四十五円の給与を受けていること、申立外佐貫勇がインターナシヨナル・コレスボンデンス・スクールに勤務し、昭和三十年分給与所得額二十九万二千八円を有すること及び申立外西山陽が同年一月四日から昭和三十一年四月末日までの間マツクフイ・インダストリヤル・エンジニヤリング株式会社に検査員として勤務し、その間月額二万円の給与を受けていたことが認められる。右事実によれば右申立外三名は生活に困窮しているようには見えないので本件緊急命令の必要性は存在せず、従つてその取消申立は理由があるとの考え方がないではなかろう。しかしながらこのような見解が失当であることは次の理由て明らかであろう。

元来労働委員会の発する救済命令は、不当労働行為を行つた使用者に対し、労働者に対する原状回復を命ずる行政処分であり、この命令は、その書面の写が当事者に交付されることによつて直ちに効力を発生する。そして使用者が地方労働委員会の救済命令に対し再審査の申立をしても、命令の効力は停止されないし、又使用者が中央労働委員会の再審査棄却命令に対し取消訴訟を提起しても、執行停止の決定を得ない限り、命令の効力は停止されない。従つて右命令は、確定判決によつて取り消されるまで一応適法性と有効性を保有するわけであるから、使用者は、常に遅滞なく、救済命令を履行する公法上の義務を負う(中央労働委員会規則第四十五条第一項、第五十六条第一項)。しかして、使用者が命令を履行しない場合、これが行政上の強制執行の方法としては、直接強制又は執行罰により得る規定なく、又行政代執行法の規定する代執行により得る場合があるとしても、その性質上一般的に代執行に適さないから、これとても容易に実効性を期待することができない。そこで、救済命令取消訴訟の判決確定前に、裁判所が使用者に対し命令の全部又は一部に従うべき旨の緊急命令を発し、延いては緊急命令に違反する使用者を過科に処する旨を規定し、使用者に心理上の圧迫を加えて救済命令の履行を強制しようとするのが、緊急命令制度の設けられた所以である、と考えられるので、緊急命令は救済命令によつて使用者が課せられた公法上の義務の履行を強制することを目的とするものであり、その目的において、執行罰の前提要件たる予告に類似し、私法上の権利関係の不確定のため生ずる著しい損害を避けるため、私人間に暫定的な地位状態を形成することを目的とする仮の地位を定める仮処分と異なるわけである。右のような緊急命令の目的に徴すれば、緊急命令の必要性の有無は、主として使用者が救済命令を自発的且つ誠実に履行する意思を有するかどうかによつて判断すべきものであつて、救済命令の不履行によつて労働者の被る損害又は生活の困窮の如何によつてのみ判断すべきものではないと解するのが相当である。然らば、前記申立外佐藤武男外二名が生活に困窮していないとしても、この一事によつては当然には、緊急命令の必要性を阻却する理由とはなし難く、申立人が本件救済命令を履行しようとしない限り、緊急命令の必要性は存在するといわなければならない。仮に申立人主張の如く、緊急命令の必要性を使用者の義務の不履行によつて労働者の被る損害の如何によつてのみ判断すべきものとしても、労働者が他から収入を得ているとの一事によつて本件救済命令が履行されなくても、損害はないと断言できないことは勿論、同人等が現に受けている給与が将来に亘つても確定的に保障されているものと断定することもできないし、又それらの給与は、申立人が本件救済命令の趣旨に従い、同人等を原職に復帰させるならば、同人等が得られる給与よりも遙かに少額なものであるから、緊急命令の必要性がないということはできない。

よつて、申立人の申立を失当として却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

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